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長期経過10から30年後まで
この30年間に各種神経心理症状を検査出来たのは10年後を除いて,20ヶ月後は17例, 20年後は20例,30年後は15例でした。軽症例から脱落するので、必ずしも例数は減少しません。
一般的に急性期の症状が安定するのは3ヶ月を要しますので、4ヶ月後の結果から書かれています。
全般的に20ヶ月から、10年、20年と症状は軽快して行きます。しかし中には30年後に観念運動失行や手指失認の様に検査した症例が減少しているのにかえって同症状を示す症例が増えているが注目されます。
そこで個々の症例毎に神経心理症状の「症状度」の経過を見たのが次ぎのグラフです。
象徴型の経過を示します。

この図からも10年後から20年後迄は軽快傾向が見られます。しかし20年後以後30年まで多くの例で悪化しています。しかしいくらかの例外を除いて悪化は4ヶ月後の程度を越えることはありません。欄の上の方に被災者の平均年齢を書いています。それを見ますと、この20年後から30年後は患者さんの平均年齢が56才から66才になった事を示しましす。従ってこの悪化は年齢要因である加令現象の可能性が強いものと思われます。
しかし赤線のNK氏(第8例赤色)も同じ象徴型ですが、4ヶ月の程度を超えて20年以後悪化しています。
もう一人の軽症例、Nn氏(紫色)は20年後急速に痴呆化しました。老人痴呆例でした。
NK氏(赤色)は被災時年は33才で、後遺症ははじめは失算、失書、構成失行でした。20年後30年迄に手指失認、時計時間認知障害、図形認知など軽度悪化しています。この例は被災当時より高血圧があります。
MRIでもラクナが多数見られました。脳循環障害が合併したものと思われます。
MRI 第8例 NK氏

ところで高血圧は急性一酸化炭素後遺症と関係はありません。我々の病院に長期入院している患者さんで高血圧の頻度は年余の経過でも増加はしてはいませんし、また中毒後遺症の症状程度とも関係がありませんでした。
また20年以後急速に痴呆が進行してきまた軽症例の一人Nn氏(紫色の線:第8例)の後遺症は軽微な失書と地誌的記憶障害に抑うつ症状でありました。20年以後急速に失見当識、健忘症候群が出現して、精神病院へ転院の余儀なくされました。老年痴呆を合併したものと考えらえられます。
重症瀰慢性型の第5例のT氏は先に述べましたように現在生存する三池症例の最も重い例になります。
無言無動の失外套症候群から回復して常同的な音誦症、回旋歩行など見られ。わずかな表情の変化から本人の意志が確認できて居ましたが、しかし20年以後歩行不能となり、当初出来ていた意志の疎通も30年後の現在は殆ど不可能になっています。
もう一人の重症瀰慢性型の第6例のF氏も10年後から少しずつ悪化してます。22年後から歩行不能となり、寝た切りになりました。
この2人を除いて生活全般にわたってこの30年間に身体介助を受けている者は、居りません。
さて視覚型の経過を示します。

視覚型も象徴型と同様に10年か20年迄は多くの症例で軽快して来て居ます。また20年以後は多くの例で悪化してきて居ます。
この悪化も象徴型同様に加令現象と思われます。 ここでもまた赤線のB氏(第10例)は20年後から30年後まで、4ヶ月後の程度を超えて悪化して居ます。この症例は被災時年齢が54才と他の例に比べて年齢が高く、後遺症は意欲障害、健忘症候群に失読、同時失認、錯綜図の認知障害といった失認の要因のある症例でした。悪化は語健忘、運動失行、図形失認、色彩失認、時計時間失認などに見られました。この第10例B氏も高血圧が初期よりあって、降圧剤が投与されています。第10例B氏のMRIにはT2WIでCO中毒によると思われる後頭葉の高信号病巣の他にラクナが多数見られます。脳循環障害の合併が考えられます。
MRI 第10例B氏

その他の症例の加令による悪化ではそれほど強いものではありせんがその悪化は全般的に見られものではありません。
例えば象徴型第11例のTk氏(濃青線)は症状度ではこの30年間軽快傾向を示しましたが、WAISの検査では20年後と30年後を比較するとIQで多少低下して居ます。悪化は一般理解、類似問題と絵画完成や組み合わせ問題に見られます。
WAIS 第11例Tk氏 被災時33歳 右利き

1984-2-15 VIQ 101,PIQ 75 FIQ 90
1995-8-17 VIQ 95,PIQ 65 FIQ 81
この上記の言語性知能の2つの項目の一般知識と類似問題は抽象概念形成に関与する能力です。
下の動作性知能の2つは視覚認知や視覚構成に関与する知能です。
この例が初期から後遺症として了解障害や図形認知軽度の障害を持っていたことを考えると、この例の加令による悪化と思われたこれらの項目は 実はCOによっては障害されていた頭頂後頭葉の機能障害が関与したのではないかと思われます。
この上の赤紫線の第7例のSm氏は重症瀰漫性型の視覚型でしたが、やはり20年から30年に少し悪化しています。
このSm氏の急性期には無言無動から皮質盲がみられ、日常物品命名、着脱衣、物品操作など困難で、トイレには一人で行けず、全て誘導、介助を要しました。現在なお種々の重度な失行失認を認めます。
しかし初期に認めたこの様な視空間失認に伴う視覚失調は現在はなく、投げたボールを上手に受けとめます。これは先の視覚型第4例のK氏と同じです。
食事をしたりする事も不自由はなく、ご飯粒を残す事もありません。
またハーモニカを吹いて楽しむ事も出来ます。
しかしこの様な強い後頭葉の病巣があります。
MRI 第7例S氏

このため見ている物体の名前や意味を説明出来ず、何を今食べたかは説明出来ません。これを視覚失認と言います。
また人の顔が解らず、個人識別が出来なくなります。これを相貌失認と言います。
観念失行の道具操作もこの視覚失認のためこの例は今日尚混乱します。茶筒を開けてそのまま飲もうとしたり、空の急須から湯を注ぎ、そのままお茶を入れないまま空の湯呑みを飲み干しています。
観念運動失行の喫煙動作の仕草もその意味を見ている人に伝える事は出来ませんでした。
書字は5ヶ月後に多少書けた文字も今日は最早数字以外は形になりませんでした。文字の記憶がこの長い間に崩壊してきていると言わざるを得ません。
書字

長期の経過である障害は軽快するのにある障害は悪化すると言う事が起きるわけです。
書字は模写出来て読めるようになれば軽快しますが、この例のように視覚失認のため読めない症例ではかえって悪化して行きます。
食事の様に繰り返し訓練される動作はよく治りますが人の顔の認知などその誤りに気が付きにくい様な時は治り難いと言えましょう。
日常生活でFeed backの利く症状は治り、利かない症状は治らないのです。
回復の機序と合併症の関係
回復では視覚型の様なより投射系に近い症状は早く固定し、象徴系型の様なより高次の障害は遅く回復し、病巣に関係した症状の回復も遅く残ることになります。10年から20年掛けて学習による回復が見られますが、その後は加令などで、次第に悪化してきます。急性期の症状の程度を超えて悪化すれば当然他の疾病の合併症を考慮すべきでしょう。
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